3月13日 父の命日

父と一緒に

みなさん、こんにちは!日本共産党の手塚弘司です。今日、3月13日は父の命日です。

この写真は昔々の大昔・・・。私が多分1歳でしょうか。やっとヨチヨチ歩きができた頃の写真でしょうか。母の実家(徳島市中昭和町5丁目)で撮影されたものです。

この頃は父も若かったですね。当たり前ですが(笑)

父、31歳の頃だと思います。

お酒が大好きで毎晩のようにお酒を飲んでいました。そして、うどんが好きでした。毎日でもうどんを食べていました。自分で打つんです。手打ちうどん。朝、起きると台所でごそごそしていると思ったら、うどんを打っているんですね。父の手打ちのうどんは太さも長さもばらばらで、決して形のいいものではなかったけれども、忘れない味です。

晩年はパーキンソン病で苦しみました。大好きなうどんもお酒も飲めなくなって病院で亡くなりました。さびしい晩年だったと思います。今頃、父はどうしているのでしょう。

死んでしまったからもう会えないけれど、天国というものがあるのなら、そこで元気で大好きなうどんを食べているかもしれません。私も近い将来、あの世に行くと思います。それがいつなのかはわかりませんが、天国で父とまた会えるのかな。

父との思い出はいっぱいあります。思春期に恋愛のことで大喧嘩をして、何ヶ月も口をきかかかったり・・・。自分の悩みを打ち明けたら、びっくりしてたけど、真剣に相談にのってくれた父。ものわかりはいいほうだったと思います。

共産党に入党するときも反対はしなかった。むしろ応援してくれた。一番の心残りは、そんな父に入党を勧められなかったこと。自民系の議員を応援していた父でしたが、私が20歳になって共産党を応援するようになったときからは、共産党に投票してくれていました。

子どもの頃、映画に連れて行ってくれました。それが「男はつらいよ」の映画でした。徳島市の東新町商店街にあった松竹歌舞伎座。そこへ行くのが楽しみでした。1年に1回くらいかな。一緒に遊びに出かけたのは・・・。

父は「男はつらいよ」が大好きでした。

男はつらいよ 第1作

商店街でオレンジジュースを買ってくれました。使い方がわからず、うろうろする父を覚えています。コップの出し方がわからなかったんですね。横に捨ててあったコップを使ってジュースを入れて飲ませてくれました。そんなことは良く覚えています。

あとから・・・「弘司、ごめんな」ってぼそっと言ってくれました。

オレンジジュース

今夜は父のことを思いながら過ごそうと思います。徳島は今、ちいさな雨が降っています。

父、貞夫のことを書いた過去の日記(一部)です。

父の日に思う

街頭から訴える!2015年、今年も頑張る!

おまはんのお父さんと同級じゃったんじゃ。頑張んないよ!

では、また、次回の更新まで。


カテゴリー: 未分類   作成者: てづかこうじ パーマリンク
てづかこうじ

てづかこうじ の紹介

●1961年生まれ ●1979年県立板野高校卒業・鳴門信用金庫入庫 ●1980年劇団ほじゃなを結成  藍住子ども劇場運営委員長、日本アマチュア演劇連盟理事、徳島演劇協会副会長  鳴門信用金庫職員組合委員長などを歴任 ●2003年徳島信用金庫を退職  日本共産党の専従に  現在、日本共産党徳島地区委員会副委員長  2015年の県議選挙に板野選挙区から立候補

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